走ること〜熱い魂の物語〜 [読書]
BORN TO RUN 走るために生まれた~ウルトラランナーVS人類最強の”走る民族”
- 作者: クリストファー・マクドゥーガル
- 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
- 発売日: 2010/02/23
- メディア: ハードカバー
この本は普通の三倍の密度がある。
比喩ではなく、訳者あとがきにも書かれているが、この本は3つのストーリをひとつに融合させたものだ。
ひとつは、足を痛めた冴えないランナーである著者が、メキシコの伝説的な走る民族タラウマラ族の秘密に触れ、ランナーとして再生する物語。もうひとつは、走るという行為に対する探求から、人類の進化の秘密に迫る科学ノンフィクション。そして、3つめは世界有数のウルトラランナー達とタラウマラ族との、魂の奥から熱くなるようなランニングバトルのドキュメンタリー。
この3つが絶妙にからみあって、読む者をぐいぐいと引き込んでゆく。
この本の中に出てくるウルトラランナーのそれぞれが持っている人生もこの上なく面白い。
「走る」という単純な行為が、こうまで魅力的な物語になるものなのか。
不思議だが、ほんとうに自分自身の奥底に眠る原始的な何かを揺さぶられる。
この中に出てくるランナーの物語で、一番好きなのはアン・トレイソンだ。
大好きな一節を引用したい。
アン・トレイソン。カルフォルニア州出身の三三歳になるコミュニティカレッジの科学教師。人ごみのなかで彼女を見つけられると言う人がいたら、それは彼女の夫か嘘つきのどちらかだ。アンはどちらかというと小柄で、どちらかというと細身、どちらかというとぬけた感じで、どちらかというと、くすんだ茶色の前髪に顔が隠れている。要するに、どちらかというと、いかにもコミュニティカレッジの科学教師風だ。誰かが号砲を放つまでは。
<中略>
ある土曜日、アンは早起きして二〇マイルを走った。朝食でリラックスしたあと、もう一度二〇マイルを走りに出た。家の配管関連の雑用があったので、ランその二を終えると、工具箱を引っ張りだして作業にとりかかった。日が暮れる頃には、彼女はすっかり満足した。四〇マイルを走り、面倒な仕事も自力で片付けたのだ。そこでご褒美として、さらに一五マイルを自分にふるまった。
55マイルは約88キロ。趣味でマラソンの2倍を一日で走る。とんでもない人がいるもんだ。
いやあ、ハードボイルドというか、ロックンロールというか。いやあ、もうここだけでも文学的だね。
この本はノンフィクションの絶品だ。
この本を構成する3つの物語はどれが欠けても、この本はここまで面白いものにはならなかった。
スーパーランナー達の物語だけを並べたても、たぶん感情移入はできなかった。
ランニングを苦手とする著者が、悪戦苦闘をして足を痛めないランニング方法を身につけて行くさま。
その過程で一般常識とは違う本来の人間の理想的な走り方に目覚めて行く過程が、なんともいえずスリリングだ。
だれもが走る才能を持っている。
それは人類にもともと備わっている能力、否、正しくは人類は走る能力を身につけるために進化した。
という点に対し、人間の骨と筋肉の構成から分析し、古代人の化石から二足歩行の進化の謎に迫って行く科学ドキュメンタリーの部分も熱い。熱すぎる。
簡単に言って、この本で目から鱗が落ちて、ひとつはっきり判ったのは、
現代人の生活の中で決定的に欠ける養分が一つあるということだ。
それは、走ることだ。
人間が「走る」ことをしないというのは、猿が木に登らない、鳥が空を飛ばないことと一緒。
文明の発展によって忘れ去られそうになっているからか、
持って生まれ能力を使わないのは、そりゃストレスたまるわな。
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